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2007年03月02日

喪中なのに初詣に誘われちゃった

今年のお正月、友人から初詣に誘われた。
でも私、昨年祖父が亡くなって喪中真っ只中。
喪中で初詣に行くのは、一般的にはダメって聞くけど
私にはわからない。

「結論から言えば、神社はダメで、お寺はいいのだよ。
そもそも神社とお寺を一緒に考えるのが大きな間違いなの。「死」に対しての考え方が神社とお寺では違うからね」
と祖母が教えてくれた。


詳しく調べてみると「喪中」という言葉の本当の意味は、
「死者が出たことによって、死者の国=黄泉への扉が開き、
ケガレが親族に乗り移ったので、
それをまわりの者に移さないようにするため、
一般社会との関係を絶つ」ということ。

神社の場合、死はケガレと考える。
そのため神社のお社の中で葬儀はしない。
ケガレている間に鳥居を潜ることは、
神様が汚れたものを嫌がるのでNGとされている。
どうしようもない場合は、
鳥居を潜らなければ構わないのだそう。
要するに鳥居の際をそっと通るということ。

鳥居は、神社などにおいて、
神域と人間が住む俗界を区画するもので、
神域への入口を示す、一種の「門」になるからだ。

神道では一般的に五十日祭を終えて忌明けになると
鳥居を潜っていいと言われている。
つまり没後五十日を過ぎれば神社へお参りしてもOKというわけ。
お祀りしている神社の神様に一年の安泰を祈願することも可、
といっている神社もある。
各神社によって考え方が異なるので注意が必要ね。


しかし、仏教の場合「死」はケガレではない。
お寺の本堂を利用して葬儀もするし、初七日法要、
四十九日法要もする。
本堂にまつってある本尊に手を合わせてお参りをする。
喪中であろうとなかろうと、
大切な方を亡くした後だからこそ手を合わせることは
大切なことと説いている。

「日本人は12月25日からたった5日間で
キリスト教→仏教(年末の除夜の鐘)→神道を通過する」
なんてちょっとイジワルなことを言われている。

が、もともと万物に神が存在する八百万の神を信仰する
日本人なら当然のことだよね。
そのベースにはご先祖様を敬う気持ちだと思う。
posted by アリエル at 16:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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